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Lee
「~つつ」はどんな場合で使えますか? 文法を勉強しつつ、混乱してしまいます!(こんな場合でも使えますか? 笑) 教科書の文法内容はまずこうなります: 「~つつ = ~ながら、あることをする。[硬い言い方] ①この空き地をどうするかについては、住民と話し合いつつ、計画を立てていきたい。 ②将来の仕事のこと、お金のことなどを考えつつ、進路を選ばなければならない。 ③いろいろな体験を楽しみつつ、日本の生活に慣れていった。 注意:時間の幅のある行為を表す動詞(「考える」など)につく。「~つつ」の前後の文は同じ主語。」 ある問題には何か勘違いがあるかもしれないですが、なぜ不正解だったか分からない。 問題は下記の通りです: 2 ( )つつ、いろいろなことを思いだした。 a. ボートをこぎ b. ソファに座り c. 電車に乗り 私の答え:c. 電車に乗り 正解の答え:a. ボートをこぎ 問題の中で意味が完全に分かりますが、文法的に何かおかしいかな?「硬い言い方」が書いてあったけど、これらの選択は全部普通のことだから、「どれでもいい」「適当にしよう」と思ってしまいます。 なぜ(a)の方が正しいですか?教えてくれる方がいったら、ありがたいです!よろしくお願いします!
15 mars 2018 06:55
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Leeさん初めまして、Mihoといいます: ) 私にとっても大変興味のあるご質問だったので、回答させてもらいます! あと冒頭の、「文法を勉強しつつ、混乱してしまう。」よりは「文法を勉強していたら、混乱してしまう。」の方がより正しいかと思います: ) さてご質問の「〜しつつ」ですが、 確かに教科書にあった選択肢はどれも間違いではないように見えますよね。 けれど「〜しつつ」は、〜の部分が現在進行形で動いている状態、そして「〜しつつ」の後にくる動作と同時に動く場合使います。 例えば、 ●電車に乗る…電車には乗ったけれど何か動作をしているわけではない。 乗る─→ 動作がとまる─→いろいろなことを思い出した。 ●ソファに座る…こちらも同じ。座ったけれど何か動作をしているわけではない。 座る─→動作がとまる─→いろいろなことを思い出した。 ●ボートをこぎ…ボートをこぐ、という動作が現在も続いている。主語が動いたままの状態。「何かを続けながら何かをする」、だからこれが正解。 ボートをこぐ───→ 思い出した。───→ …2つが同時。 つまり、 「〜しつつ」はしつつの前後が同時に動作している状態で使います。 以上です! わかりにくいかもしれないですね。。
15 mars 2018
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Leeさん、お久しぶりです。日本語の勉強を続けていらっしゃるようで安心しました! 「電車に乗りつつ」と聞けば「電車に乗っている」ではなく「電車に乗ろうとしている」という動作をイメージします。ですから、その一瞬でいろいろなことを思い出すのは、ちょっと難しいのです。
15 mars 2018
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--------------------------------------- ***説明1: 「AしつつBする」場合、 Aには原則として「少しめんどくさいこと」、「手間のかかるここと」、「疲れること」が入ります。 a. ボートをこぎ b. ソファに座り c. 電車に乗り の中では、aだけが「主体的かつ疲れる行動」です。これがaが正解になる理由だと推測します。 ちなみに「ながら」はほぼ何でも使えます。以下、例文を示します。 OK:電車に乗りながら考えた。 NA:電車に乗りつつ考えた。 OK:ソファーに座りながらテレビを見た。 NA:ソファーに座りつつテレビを見た。 OK:ボートを漕ぎながら考えた。 OK:ボートを漕ぎつつ考えた。 ※ NA:not appropriate しかし、「ボートを漕ぎつつ考えた」がOKでも、 「車を運転しつつ、考えた」というのは個人的にはNAだと思います(完全にダメとは言わないが、何か今イチ。「運転しながら考えた」で十分じゃないか、というか。 これについては、ボートを漕ぐのは疲れるけど、クルマの運転は(それに比べれば)あまり疲れないから、と解釈しています。 ------------------------------------------- ******説明2: 「AしつつB」というとき、AとBは「対立的」になることがよくあります(あるいは対立が「暗示」されます) >①この空き地をどうするかについては、住民と話し合いつつ、計画を立てていきたい。 空き地の処理。住民は勝手なことばかり言う。でも役所としては早く処理方針を決めたい。 -> 「住民と話すこと」と「計画を立てること」は対立的。 >②将来の仕事のこと、お金のことなどを考えつつ、進路を選ばなければならない。 進路、つまり「将来やること」を決める。できれば好きなことをやりたい。でも好きというだけでは生活できない。お金のこと、仕事のことを考慮しなければならない。 ->「仕事とお金のことを考えること」と「進路を選ぶこと」は対立的。 >③いろいろな体験を楽しみつつ、日本の生活に慣れていった。 日本は異国だ。そこでの生活に慣れるのは外国人にとって大変だ。でも私は「楽しみながら」慣れていった。 ->「楽しむこと」と「生活に慣れること」は対立的。 ちなみに、説明2は、説明1、つまり「AしつつBの場合、Aには『疲れる行動』が入る」とも整合します。「疲れることをしながら、なおかつBする」というのは、対立的だからです。 ただ「対立的」という観点でいえば、 「ボートを漕ぎつつ考えた(or いろいろ思い出した)」 というのはが今イチではないかと。 別にボートを漕ぎながら考え事するぐらい楽勝だよ、というか。 ちょっと対立が弱いよな、と。 どうせなら、 「手でボートを漕ぎつつ、足ではジャグリングをした」 ぐらい言うべきではないかと。 ------------------------------------------------ *** 「つつ」はマンガやラノベでよく使われる。 実は「つつ」はマンガやライトノベルでよく使われる言葉です。「ながら」のような、のんびりした言葉より、「つつ」の方が対立の緊張感があるからだと考えます。 --------------------------------------- *** 個人的感想: 「つつ」は硬い言い方というより、私の考えでは「(使い方を間違えると)、すごくエラそうになる言い方」です。 ほら、こんな疲れることを、対立させながら、同時にやってるオレって偉いだろ、みたいな。 冒頭で提示された例文はすべて「つつ」を使わず、普通に言えます。 >①この空き地をどうするかについては、住民と話し合いつつ、計画を立てていきたい。 ->「この空き地をどうするか、住民のみなさんと良く話し合って計画を立てていきます」 >②将来の仕事のこと、お金のことなどを考えつつ、進路を選ばなければならない。 ->「仕事やお金のことをよく考えて進路を選びましょう」 >③いろいろな体験を楽しみつつ、日本の生活に慣れていった。 ->「いろいろな体験を楽しみながら、日本の生活に慣れていきました」 なのにわざわざ「つつ」という単語を使うのが何だか自意識過剰(=偉そう)で、イヤ味だなあ、と思います。いちいち対立を見せつけて、それを通じて自己重要感(大物感)をチラつかせるその心性が何かイヤですね。というわけで、私は自分で文章を書くときは、よほどの必然性でもないかぎり、「つつ」という言葉はほぼ使いません。
15 mars 2018
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たしかに答えは(a)ですが、(b)や(c)を日常で使われていてもそれほど変には感じないかと思います。〜つつ の意味を理解しておいて後はそれほど気にしなくて良いのでは…
15 mars 2018
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Lee
Compétences linguistiques
Chinois (mandarin), Néerlandais, Anglais, Français, Allemand, Japonais, Coréen, Espagnol
Langue étudiée
Néerlandais, Allemand, Japonais, Coréen, Espagnol
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