3524 estão participando
#JapaneseLeague
Welcome to the Japanese Language League! Meet other learners, get advice and motivation, and be part of the Japanese learning community.
私は大学に入学する前に、もと国際関係を専攻したんだけど、数学や物を作るのが好きだし、大体の高校の友達がエンジニアリングを専攻するつもりだったし、エンジニアリングにも興味がありました。そして、大学に行く前の夏休みに、600ページのレオナルド·ダ·ヴィンチについて伝記を読んで、ヴィンチが芸術家以外、エンジニアもだったことを見つけました。母に私がエンジニアリングを専攻したらどう思うかと聞いて、母はエンジニアリング専攻に変えにくいので、エンジニアリングの専攻を初めて、好きじゃなければ国際関係に変えると言いました。そうしました。その秋学期、大学の最初の学期は、今までも私の一番大変だった経験だと思います。  大学のキャンパスに行って、とてもうれしかったです。大学は父が一番好きな大学フットボーチームだし、私が子供の頃から行きたかった大学だし、両親を誇りに思ったんです。でも、授業が始まって、うれしいさは早速なくなりました。高校の時、大学レベルの数学や科学の授業を取らなかったので、アメリカの大学の中で19位のノートルダム大学そなエンジニアリングの授業が全くわからなかったんです。しかも、初めて家族と住んでいないこととか知っている人が一人もない所で友達を作ることも挑戦でした。大学生活をきらいになって、落ち込んで、私が私を戦っていた感じました。一生懸命にしたくないことをしていたからです。  びせきぶんがくと化学を生き残るように、個人指導をもらったり、夜遅くまで勉強しておきました。学期中、専攻を変えるかどうかよく考えました。タフになりたかったので、エンジニアリングを諦めたくなかったけど、両親は私に証明できるものは何もないと言ってくれたから、いよいよ専攻を変更をしにしました。次の学期に、国際関係の専攻に変わって、結局、日本語にしました。  その大変な学期を乗り越えたので、私が想像を絶するほどの大変なことをできることを見つけました。そして、私の人生が私の人生だことも学びました。誰かに私が賢いと思わせるために私に似合っていない専攻や仕事をしなくてはいけないんです。私が得意で、するのが好きな仕事をすればもっといいと思います。それは言語を学んで、いつか学んだ言語を使って、私の国を奉仕することです。
há uma hora
0
0
Mostrar mais